岐阜地方裁判所 昭和24年(ワ)176号 判決
原告 石榑眞一
被告 吹原弘宣
一、主 文
被告は原告に対し金百五万円並びにこれに対する昭和二十四年七月十六日から右完済に至るまで年六分の割合による金員を支拂え。
訴訟費用は被告の負担とする。
本判決は原告において金三十万円の担保を供するときは仮に執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文第一、二項同趣旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、被告は昭和二十四年六月二十八日原告に宛て金額百五万円、満期昭和二十四年七月十五日、支拂地岐阜市支拂場所同市神田町九丁目株式会社十六銀行本店、振出地東京都の約束手形一通を振出し、原告は同年七月十五日右手形をその支拂場所である株式会社十六銀行本店に呈示して支拂を求めたが、支拂を拒絶されたので、被告に対して右手形金百五万円並びにこれに対する満期の翌日たる昭和二十四年七月十六日から右完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支拂を求めるために本訴に及んだ次第であると述べ、被告の、(一)の抗弁に対して、原告は昭和二十四年三月上旬頃被告から、太綾服地約二百反を代金約百二十万円で買受ける契約をし、代金の内入として同年同月五日金六十万円、同年四月二日金十五万円、同年五月三日金三十万円を被告に交付したが、現品引渡期日の同年五月七日を過ぎても現品を引渡さないので、原告は同年六月七日被告と合意の上右賣買契約を解除し、被告は先に交付を受けた代金を同年七月十五日迄に返済することを約し、その支拂のために本件約束手形を原告に振出したのである。(二)の抗弁に対して、原告は洋服商であつて本件服地の購入についてその購入に要する配給割当証明書を準備していたのであるが本件の契約を爲すに当つては予めこれを被告に交付するの要なく現物と引換えに交付すれば足り、仮に右配給割当証明書は契約と同時に交付をしなければならないものであるとしても原告としては本件の代金交付については何等不法原因のために給付した訳ではないから被告の抗弁は理由がないと述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、原告主張事実を全部認め、抗弁として、(一)原被告は共同で訴外谷口正志外一人から太綾服地三百反を買受ける契約をし、原告はその資金として三回に合計金百五万円を被告に交付したので被告は之を右服地買受代金に支拂つたが、右谷口等は服地の引渡をしない中、昭和二十四年六月末原告は被告に対し右百五万円は他から借用した金で債権者から支拂を請求されて困つているから債権者に示して弁済延期の手段にしたいから金額百五万円の手形を作成して渡されたいと申し込んだので、被告は見せ手形として、金額百五万円の本件手形を書いて署名だけして、捺印しないで原告に交付したものであるから被告は本件手形金支拂の義務はない。(二)仮に原被告共同で服地を買入れる契約をしたものでなく、原告が被告から服地を買受ける契約をしたものであるとするも、被告は衣料品の生産者でも卸賣業者でもないから原告の被告に対する右代金交付は臨時物資需給調整法に基く衣料品配給規則第四條に違反し又配給割当公文書と引換えないで賣買された代金の交付であるから同規則第五條に反する。よつて原告の代金交付は不法原因のためになされたものであるから無効であり、本件手形はその原因を欠き無効であると述べた。<立証省略>
三、理 由
原告主張事実は全部当事者間に爭がない。
よつて被告の(一)の抗弁につき考察すると、被告抗弁事実を認めるべき何等の証拠なく、却て捺印の点を除く爾余の部分の成立について当事者間に爭のない甲第一号証及び証人石榑清一の証言並びに原告本人訊問の結果を綜合すれば、原告は昭和二十四年三月二日頃、被告から被告が東洋紡績株式会社から買受ける契約をしたという太綾服地二百反を買受ける契約をし、その代金として同月五日より同年五月三日までに三回に亘つて合計百五万円を被告に交付したが、約定の引渡期日である同年五月七日に被告は原告に対し現品を引渡さなかつたので原告は同年六月七日被告と合意の上右賣買契約を解除し、被告は先に交付を受けた代金百五万円を原告に返還することを約し、同月二十八日その支拂のために金額百五万円、満期同年七月十五日の本件約束手形に署名して原告宛てに振出し交付した。その際被告は印章を持つていなかつたので、被告の依頼によりその後被告方の店員園部某に被告の署名の下に被告の印を押捺して貰つたことを認めることが出來るから、之を以てみれば本件手形は被告抗弁の如く何等見せ手形でないことが明かである。依て被告の本抗弁は之を採用することができない。次に被告の(二)の抗弁について考察するに、元來民法第七百八條は自ら法律の理想に反する行爲をなしたことを主張して法律の保護を求めんとする者を保護しないという趣旨であり、給付者が不法の原因の爲給付をなしたものの返還を請求することを許さないだけであり、決して給付を受けた者に対して、その給付されたものの上に行使する権利を積極的に認めようとするものでなく、受益者が給付されたものの上に権利を行使するに至るのも、法律がその給付者を保護しないことから生ずる反射的効果に過ぎないのである。從つて受益者がその給付されたものを給付者に返還した後、自己がその上に権利を有しているといつて給付者に更に返還を求めたとしても、それは許されない。蓋し、何ら不法な原因によらないで不当利得をした者でも、その利得を返還する義務があるのに、不法な原因によつて不当利得をしたものが、その利得を返還する義務を免除されるということになれば、不法な原因によつて不当利得をすることを是認することとなり、極めて不合理な結論に達するの外はなく、この結論を避けるためには不法な原因によつて不当利得した者もその利得を返還する義務はあるものといわねばならない。從つて不法の原因による受益者がその利益を返還することは義務の履行をなしたまでであり、給付者がそれを受領しても正当であり、受益者はその返還したものを更に返還請求することはできないからである。即ち民法第七百八條の趣旨は不法な原因の爲めに給付を受けた者も不当利得返還の義務はあるが、それに対應する給付者の返還請求権を否認したので受益者は返還請求を拒絶することができ、返還義務がないと同様な結果を生ずるに止まり、受益者の返還義務そのものを免除したものではないと解すべきである。從つて受益者がその利得を自ら任意に返還する時は給付者がこれを受領してもそれは受益者の義務の履行を受けたまでであり、給付者が受益者に義務の履行を請求したのではないから民法第七百八條の趣旨に反するものではない。
衣料品配給規則は国民経済の安定の爲に衣料品の配給を統制してその配分を公平にしようとする強行法規であり、それに違反する賣買契約に基いてなされた給付は正に不法な原因の爲になされた給付といわねばならないから給付者は、その賣買契約が無効であるといつて、その給付したものの返還を請求できないことは当然であるといわねばならない。しかしながら、本件においては前に認定したように昭和二十四年六月七日原被告合意の上賣買契約を解除して被告は原告が先に交付した代金の返還を約したのであり、原告は本訴において、被告が右契約に基く代金返還債務の支拂のために振出した約束手形金を請求するものであることは原告の主張自体から明かであるから、民法第七百八條が右のような契約の効力までも否認する趣旨であるかどうか考えてみなければならない。もともと、強行法規たる衣料品配給規則に違反する賣買契約は無効であるから、その無効な契約を解除する契約というものも無効なものという外ないわけであるが、原被告間の賣買契約によつて既に履行がなされたのは原告の代金の内金の支拂だけであり、被告からは未だ服地の給付がなされていないのであるから、原被告が右賣買契約を解除する契約によつて企図したところは、被告が先に原告から給付を受けた代金を原告に返還することにあつたものといわねばならない。從つて右契約は被告が先に原告から給付を受けた代金を原告に返還する契約と解することができ、そのように解する時は、前段認定のように不法な原因の爲に給付を受けたものでも受益者が任意に返還することは何ら民法第七百八條に反しないのであるから、右契約も有効なものといわねばならない。從つてその契約に基く代金返還債務の支拂の爲に振出された本件約束手形も亦有効なものといわねばならず、被告の抗弁は採用の限りでない。從つて、被告に対し本件約束手形金百五万円並びにこれに対する満期の翌日たる昭和二十四年七月十六日から右完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支拂を求める原告の請求は正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條、仮執行の宣言について同法第百九十六條を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 伊藤淳吉 越川純吉 石井敬二郎)